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パキスタン選挙2008に向け、報道コーディネーション始まる
昨日2月9日、弊社シルクロード・キャラバンでドキュメンタリー取材コーディネーションをしたNHK BS特集「ブット暗殺の謎 15日間の記録」が放映になりました。

2月18日パキスタン総選挙。夫ベーグも、日本のテレビ局のパキスタン総選挙取材のため、イスラマバードで仕事を始めています。テレビ・クルー各人のプレスカード(報道証)や、選挙オブザベーションの申請、ホテルや車両の手配etc. ご到着する前にもやることはいろいろあるんですね。ベーグはイスラマバードの事務所から、「(わずか10日前に日本の雪国へ)家族旅行したことが、もう遠い昔のことのよう・・・」というのですから、よほど、追われているのでしょう。
今回のパキスタン選挙、ジャーナリスト・ビザもすぐ発給になっているようです。全土の大都市いくつかで報道関係者に取材の許可がおりています(他国からの申請ですと日本の報道向けで取れていないケースもあるようです)。
テロとの戦いの最前線、核を持つパキスタンの動向から目が話せない、など世界の報道陣が注視している今回の選挙。アメリカ、イギリス他ヨーロッパを中心に多くの国からモニタリングの人々もやってきます。公正な選挙がなされるために、お金も世界の多くの国から投下されています。日本政府からも“性能のよい投票箱”!他、このパキスタン政府にお金をいただくことが決っているようです。
                                本格的に始まった選挙活動 
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                 PPPの有力候補者バーバル・エワン氏の集会取材より
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ブット元首相の喪があけ、モハラムも終わりました。本格的な選挙活動 が始まっているところです。大勢から見てPPP(パキスタン人民党)の票が伸びる可能性は大ですが、今のところ、JI(ジャマーアテ・イスラーミー)など原理主義政党、などいくつかの政党が今回の選挙をボイコットしたままで、今後、どういう展開を見せるかまだ誰にもわかりません。投票日まであと一週間強、さまざまなファクターが絡みあい、選挙が本当に実施になるか、もうひとつ霧がはれないとでもいうか、何がおこるかわからない様相を含みつつ18日へ。

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by silkroad_caravan | 2008-02-10 13:22 | パキスタンあれこれ
パキスタン報道ドキュメンタリー 番組ご案内
イスラマバードは毎日毎日、雨。人々の気分も憂鬱になりそうな空が続いています。
さて、弊社シルクロード・キャラバンでテレビ・ドキュメンタリー取材コーディネーション      をした番組が2月9日に放映になります。是非、ご覧下さい。
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NHK BS特集 「ブット暗殺の謎 15日間の記録」 (パキスタン)
放送局  : NHK BS-1
放送日  : 2008年 2月 9日(土)
放送時間 : 午後9:10~午後9:50(40分)
NHK番組表より NHK BS特集 報道・ドキュメンタリー「ブット暗殺の謎15日間の記録」
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日本の取材陣が、イスラマバード国際空港へと向かう機中にあった時、起きたブット元首相暗殺事件。取材陣はパキスタンに降り立って、何に迫ったのか。      
                       取材したペシャワールのヤドゥガル・チョーク
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by silkroad_caravan | 2008-02-08 12:34 | パキスタンあれこれ
パキスタンの”ダル豆”と、日本の”おはぎ”の出会い
マクロビオティック(お料理)の先生をしている麻子ちゃんが手作りのおはぎを持って来てくれました。彼女は近所に住む友人です。そのお料理はほっとする美味しさ、彼女が心を込めてつくった優しさが広がるような味がします。時々、差し入れしてくれるのですが、毎回ワクワクしてしまう。

有機農産物や、無農薬野菜でお料理している彼女に以前、スローライフ パキスタンのドライフルーツや豆、お茶などを差し上げたことがあったのです。
そのときのダル豆(挽き割り豆)を使って作った”おはぎ”というではないですか! 
    ☆☆☆ ジャパニーズ・トラディショナル・スイーツ ミーツ ダル ☆☆☆
いつものスパイスを入れて煮込むダル・カレーとは趣ことなる姿・味になって食卓へ~。

                 ふつうのおはぎに見えるけれど・・・
            中味はアジア・中東の食材との幸福な出会いが
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中味には、「ココナッツミルクも入っていて、甘みはデーツでつけてあるのよ」と彼女。マクロビオティックの料理法では、お砂糖を一切使わないそうですから、甘みをデーツからつけたのですね。

ココナッツといえば、かつて訪れた東南アジアのイメージが広がります。上へ上へとのびたヤシの木に扇状に垂れて広がるみどりの葉、ヤシの実、つづいていくヤシ林。

デーツはナツメヤシの果実のことですね。北アフリカから中東~そしてイラン・パキスタンにいたっても、なくてはならない果実です。 
コーランにも聖書にも記述が出てくるようです。
中東では色や熟度により17通りも呼び方があると聞くと、いかに彼らの日常の食生活に必要不可欠で大事な果物かと想像がつきます。栄養価も高く、滋養あふれる食品でもあります。
砂漠の遊牧民もデーツを口にして厳しいキャラバンを乗り切ったのでしょう。
クレオパトラの美容食だったとも読んだことがあります。

私にとってはラマザン(断食)の時、毎夕、日没後、最初にいただくイフターリ(軽食)のテーブルで、パコラサモサなどと共に食べるデーツが楽しい思い出になっています。

ダル豆の話に戻ります。
パキスタンはも実に多彩。色も大きさもさまざま。丸い粒のままのもの、挽き割りにしてあるもの。見ていて楽しいですが、どれを買おうか迷ってしまいます。乾物で保存もききますから何種類も買いこんでしまうのですが。
以前、日本の自宅で夫ベーグに、「日本は豆の種類が多いんだよ~!」と何気なく言ったことがあるのですが、「フン!」と鼻で笑うではありませんか。彼にしてみると、パキスタンの豆の多さを知っているのか!と言いたかったのですね。日本も負けないよ、と応酬すると、こういうささいなことから大議論になって夫婦ゲンカに発展しがち。まぁ、お互いの気持ちを尊重することとしておきましょう。

このおはぎは、人工的な添加物などがまったく感じられなく、ココナッツ特有の風味がして、控えめで自然な味わい。おはぎが、中東や東南アジアの食材と織りなすハーモニーに頬がゆるみました。

ひとつのおはぎを前に風景や歴史が広がるなんて・・・。麻子ちゃん、ありがとう。

         自然食、マクロビオティック、美味しいものがお好きな方
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by silkroad_caravan | 2008-02-07 17:46 | パキスタンあれこれ
フンザの紅葉を見にいらっしゃいませんか+シャリフ元首相の話も
   フンザの紅葉・・・美しいですよぉ 10月中旬~11月が紅葉真っ盛りの季節デス↓
   みなさまも見に、いらっしゃいませんか。
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 ”故郷フンザに新婚旅行のお客さまが来てくれるようになったなんて嬉しい”と、以前、書きましたが、このご夫妻が今頃は、ラホール国際空港にご到着され、ホテルでお休みになっているころ・・・。ホッ。

 今日は(正確にはもう日付が変わってしまったけれど)、1999年、クーデター後に国外追放されていたシャリフ元首相が、ロンドンからパキスタンに帰国する日でした。振り返り、ムシャラフ政権の軍事クーデターが起きる”きっかけ”をつくったシャリフ元首相は、当時死刑を免れ、サウジアラビアとレバノンの手助けにより、”10年間はパキスタンへ帰国しません、政治活動もしません”との約束で国外追放、サウジへ亡命したのでした。
 このため私たち夫婦も、今日のシャリフの帰国がどうなるのかを連日、話題にしていました。実際、イスラマバード国際空港はもちろんのこと、周辺の道路が封鎖されていたりで、混乱が予想され、ただでさえ政局が気になる上に、明日の弊社お客さま、イスラマバードご到着時にまで支障が出ないか、少々、やきもき。(夫ベーグも国際空港があるラワルピンディーからの帰り道、封鎖後の道路の混雑でなかなか帰宅できなかった、とやや疲れ気味)。

 結局、シャリフ元首相は入国を認められず、再度、国外追放。今回もサウジアラビアの仲介により、サウジへと逆戻り。チョードリー長官事件以降の法曹界の動きとも関係し(今回、最高裁が認めた帰国許可が無視された)、もちろん野党パキスタン・イスラム教徒連盟シャリフ派他の動きもあり、目が離せません。

 現ムシャラフ政権はラール・モスク事件の対処の仕方などなどで、ここのところ人気が下降気味なのは否めない部分があり、たしかに政治的混迷に直面しているも、相対的には今も人気が高いです。と同時に、国民の多くが、このまま軍事政権であり続けるのはイヤと考えるのも、もっとも、不思議ではありません。シャリフやブットが良いとも思わないし、またあの時代に戻るのもいやだけど・・・そんな多くの市民のぼやきも聞こえてきそうです。こういうパキスタンの一般市民の声が日本で報道されることって、ほとんどないですもんね。政局を見守ろうと思っています。

 そういや・・・シャリフ元首相の名を聞くと、個人的には、シャリフが首相だった頃、私は、ある雑誌の編集部で働いていたことを思い出します。当時、シャリフ汚職の記事などが、デスクで目の前を通過していました。しかし、世界中からの記事を編集するその現場で、まさかその後、自分がパキスタンとこんなに縁が深くなろうとは、夢にも思わなかった、なんとも不思議です。

 さて私は、繁忙期最後のお客さまが無事、パキスタン入国で最初のホッ!を感じています。あとは本社にお任せです。

 夫ベーグも久しぶりに自らガイドをするといい、明日より、フンザに10日間行って来ます。短い滞在なりに、夜は実家に泊って母のチャパティを楽しんだりするつもりもあるのでしょう。
この夏は、急に、アフガニスタンで韓国人拉致誘拐事件取材が入ったため、ナンガ・パルバット(8,125m)トレッキングと、バトゥーラ(7,785m)トレッキングの山岳ガイドを泣く泣くあきらめたベーグでした。このトレッキングで、出っぱったお腹もすっきりスリムに戻る予定だったのですが(笑)。

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by silkroad_caravan | 2007-09-11 06:10 | パキスタンあれこれ
 スカルド ~山岳地帯にある砂漠~
 最近は、ドキュメンタリー企画(報道やカルチャーもの)のたたき台を書いたり、お客様のK2・バルトロ氷河トレッキングスケジュールを作ったり、パキスタン世界遺産旅行や、フンザの旅行プランなどの作業にも取り組む毎日です。

 さて、K2といえばパキスタンをよくご存知ない方でも聞いたこと、おありでしょう。K2とは言わずと知れた世界第2位の山、カラコルムⅡ 8,611m、パキスタン北部にあります。
 そのK2・バルトロ氷河トレッキングは20数日間の日程で、8千m峰を4座他、6千、7千m峰がひしめきあうように連なり、コンコルディアという場所からはそれら名峰が360度の大パノラマ!で眺められる、登山者にとっては垂涎の、究極のトレッキング・コースなのです。今年もそろそろシーズンが始まり、欧州を中心に、世界中から登山家やトレッカー、観光客のみなさんが訪れ始めました。
 夫ベーグも数え切れないくらい、国の山岳ガイドとして訪れている場所ですが、最近は行っていなかったものですから、久しぶりに自身でガイドできるかスケジュールを調整してみたいなぁ、とつぶやいています。この壮大なスケールのトレッキング話をするとキリなくなってしまいそうなので、さて、今日の本題。
 そのパキスタン北部トレッキングのベースになっているスカルドの、意外な風景写真を一枚、ご紹介したかったのです。
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 この写真は、スカルドのガンバという場所です。国内線の空港があるところで、砂漠のまわりは世界の屋根群~そしてその砂漠の真ん中に空港があります。超現実のような風景・・・・・・。でも現実の風景なのです。

 旅人はこの風景を堪能されるでしょうが、スカルドの人たちにとってはどうでしょうか。その砂は建築物を作るときの材料になるため、人々の暮らしに役立つ一方で、秋から冬にかけては強い風が吹き、砂漠から巻き上がったその砂塵、スカルドの町中を視界もきかないほどにしてしまいます。それは家々にも容赦なく入り込み、農閑期とはいえ彼らの畑にも降り注ぎ、翌春の農作業を大変なものにするということです。

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by silkroad_caravan | 2007-06-05 01:27 | パキスタン北部あれこれ
 アフガニスタン、クーチー(遊牧民)たちの悲劇
 アフガニスタンクーチーと呼ばれる遊牧民たちがいます。クーチーは、”生活もろとも出発する、発つ”という言葉の意味です。夫ベーグはアフガニスタンを取材中に何度も彼らのキャラバンを目にし、知り合いも何人かいるようです。
 彼らは大所帯、大家族をひとつの単位として、何十頭ものラクダや、何百頭もの山羊・羊・ロバ・馬・犬たち、そして手作りのテント、家財道具もろとも、アフガニスタンを拠点に、ウズベキスタンやタジキスタンへ、あるいはパキスタン、インド、イランと、国境をまたいで移動しながら生活して来ました。北から南まで、気候にあわせて、草を求めて、国境など関係なく生きてきたのです。それぞれが自分達の移動のルートを持っており、その歴史は何千年もの間、続いてきたようです
 
 彼らは移動しながらの生活で、家畜からチーズやバターを作り、草木や石で染めた絨毯を織り、あるときは家畜を食肉として、それらを売り、また移動していきます。
 女性は移動生活を続けながら子を産み、そのひよひよした幼な子はロバに乗せ、いつかその子も自らの足で大地を踏みしめ歩くようになっていく。そしていつか歳をとり再び、馬やロバの背に揺られる。また、小さきものはたとえ家畜でも、ロバの背に乗せて移動させると聞きました。そう、山羊や羊の赤ちゃんたちのことです。
 彼らは他の民族と交わることを嫌い、独自の生活を守ってきました。隊列の前後には番犬を配置させ、他人が安易に近寄ることを拒んできたそうです。
 またクーチーの女性達は、アフガニスタンにあってもこれまで顔を隠すこともなく生きてきたそうです。何千キロも歩き続けるその屈強な体に、大きなブルーや黒の瞳をたたえ、手作りの独特な衣装を纏うその姿はそれは艶やかだ、とベーグはいいます。彼女達は、すべて手で、糸を紡ぎ、ウールを染め、絨毯(ギリム)を織り、テントを縫い、自分達の衣装も作ってきました。

 ベーグはクーチーたちから人間の圧倒的なたくましさを感じる、そういいます。パキスタン北部の、自然環境が過酷な秘境フンザで育ったベーグにとって、たくましい生活は当たり前のことで、あえて人に対して使うことなどありません。エベレストに登頂した、というようなニュースを聞いても「あ、そう」といった感じで、すごい、とはまったく思っていない様子のベーグも、クーチーに対しては何か、こう、特別な敬意を持っているようにもみえます。

d0106555_181291.jpg そんな彼らが2001年同時多発テロ事件~アフガニスタン戦争後の影響も大きく受けて、自由な移動ができなくなりました。彼らの道が紛争地帯となり、あるいは地雷が埋められて、移動することができなくなってしまったのです。子どもたちや家畜が地雷の被害者となり、片足を失うなどのケースが続きました。そしてクーチーたちは、しかたなくパキスタン領内に留まるようになりました。こうして先祖代々、移動することが生きることであった民が、移動をやめたのです。定住生活を始めた家族もありました。とはいえ他の難民のように、難民登録をし保護してもらえるチャンスすら少ない彼らでした。彼らの成り立ちからいって、難民のカテゴリーにも入れてもらえないケースが多いからです。

↑アフガニスタン、クナールで出会ったクーチーの少女

 折りに触れクーチーのことを気にしているベーグですが、彼がいうには現在、そんなクーチーたちが、他のアフガニスタンの難民の方たちと共に、パキスタン領内からアフガニスタン領内に強制的に帰されつつある、ということです。(アフガニスタン難民については、別途また、詳しく書きたいと思っていますが)、今のアフガニスタンに帰されても、家畜に食ませる草ひとつなく、移動は依然として困難で、彼らの困窮~悲劇は目に見えています。

 こうしてクーチーの存在そのものが危機にさらされている、といえましょう。彼らは移動を続け、元来、それぞれの地域の人々にも遠方からのニュースを運んでくれる使者でもありました。国境やビザなど関係なく生きてきた、平和の民なのです。彼らが伝統や習慣、内なる誇りを守りながら、独自の生活を続け生きていくことができるか、私たちは見守るしかできません。

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by silkroad_caravan | 2007-05-24 15:30 | アフガニスタンあれこれ
 ラホール取材物語その2 
 ベーグが取材コーディネートで従事した NHK BS-1 ドキュメンタリー『アジア大回廊 ~中国からパキスタンへ2万キロを行く』第5話~国境の道・友好の道~については、先日も触れましたが、今日もラホールの話をちょっと書いてみます。

 ムガールの都ラホールの、いにしえの城壁に囲まれた旧市街の中に、バードシャヒー・モスクラホール・フォートが向かい合うように建っています。

テクサリー門からその旧市街に入ると、バードシャヒー・モスクのすぐ裏手にあたる通りに、ヒラマンディという歓楽街があります。昼間は人影も見えぬほどの静かなこの通り、夜は世界が一変し、音楽と光が溢れるのです。そこにはタブラやグングルー、パエル(楽器)が鳴り響き、踊りを見せてくれる店が軒を連ねています。このエリアにはムガールの時代から公の売春通りもありました。

 Cooco's Denレストランはそんあ一角にあります。建物自体が歴史を感じさせる古いもので、ひとり通るのがやっとの狭い大理石の階段を上がっていくと、3階と、その上の屋上がレストランになっています。パキスタンのお金持ちたちや、世界中のVIPもお忍びでやってくるというこのレストラン、もちろん全予約制です。ムードある店内からは、眼下に世界遺産の夜景、バードシャヒー・モスクのミナレット(尖塔)やラホール・フォートが広がります。
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 バードシャヒー・モスクのミナレットが、レストランの窓のフレームを通して、目の前に屹立する風景を写真に撮ってきたよ、とベーグから最初に見せられた時、私はつかの間、うっとりとしてしまいました。

 オーナーでアーティストのイクバル・フセインさんは、このCooco's Denの土地に、生れ育ちました。若い時はワルでならしたというフセインさん、18歳の時に人生の師と出会ったそうです。「あの時、彼に出会わなかったら、今の私はなかったでしょう」と、語るフセインさん。父を知らぬ彼は、「師は父でもあった・・・」と語っています。そこから芸術の道も花開き、現在は大学の教鞭もとっていらっしゃいます。
 
 建物の一階はレセプションですが、彼の絵のギャラリーにもなっていて、絵の売り上げ金はヒラマンディの孤児の救済や教育のスカラーシップに使っていると聞きました。

 以前は、通りを歩くのもはばかれたこの通りに、今は国内外のVIPたちが訪れ、このレストランの食事とそこから見える風景を楽しまれるようになったのです。イクバルさんの「私は今、幸せです」という言葉に、彼のこれまでの苦労に満ちた道のりが感じられます。

 私は、ベーグから聞いた、イクバルさんの人生~ヒラマンディの歴史に聞き入ってしまいました。そのドラマはあまりにも深く、聞きかじりを書くのも失礼なお話で・・・そもそも筆の力及ばずではありましたが、ほんの少しだけ・・・レストランからの風景と共にお届けいたします。
 未来に、弊社のお客様となられる方がいらっしゃいましたら、ヒラマンディのストーリーの続きをお聞かせできるかも知れないですね。
                                          ただいま撮影中!d0106555_3125766.jpg







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by silkroad_caravan | 2007-05-17 03:09 | パキスタンあれこれ
 シムシャールでスキー 世界で初めて!
 パキスタン北部アッパーフンザ、ゴジャール地区のシムシャール村(標高3,100m)。フンザの中でも最奥の村、秘境中の秘境です。峠の向こうは中国シルクロード、というこの村に、一昨年の冬、村人達悲願のジープ道が、細々ながらも開通しました。
 おカミは、うちの近所の人が撮った、ジープ道開通式で涙するシムシャールの村人の映像を、ホームビデオで感慨深く見ました。これで、ジープのみではありますが、カラコルム・ハイウェーから直接村へアクセスできるようになったのです。これまでは登山家たちが、エクスペディション(登山遠征)で苦労の末、辿り着いたシムシャール村でした。

 弊社では、一昨年の夏のジープ道開通まもなく、お客様であり友人でもある伊藤さんグループ6名さまをシムシャールへお連れしました。夫ベーグはこの村に親戚が多いため、村人達にしてみると、ジープ道開通にともない、ベーグがお客様と、日本人のヨメさん&赤ん坊を同時に連れて来た、ということで大歓迎してくれました! あの時は毎日、昼となく夜となく宴が続いたものです。---ご覧になりたい方はこちら---。
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 と、ところが先日、フランスのシャモニーの知り合いブルーノから、こんな写真が届いたのです。なんと彼ら一行は、シムシャールでスキーしてきたのでした。アレンジしたのは、ベーグの親友イサク。ストイックに登山ではなく、豪快にスキー! 
  ブルーノから了解をいただいたので、他の写真をご覧いただきましょう。
           All Photos Copyright Reserved by Bruno.
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 しっかし、シムシャールの村人はどんなに驚いたことでしょう。
”歩かないで、そんなに早く山を降りられる道具があるなんて”ってね。

 ちなみにシムシャール村を歩いていると、真っ黒に日焼けした小柄な農民のおじさんがK2やナンガ・パルバット、ブロード・ピーク、ガッシャーブルムなどを登頂している人だったりします。この村は、優秀な登山家を輩出している村でもあるのです。私も、パキスタン大統領から授かったという勲章を見せてもらいました。どうして彼らがそんなに優秀な登山者なのかは、シムシャール村に滞在している間に見えてくるものがあります。彼らは非常に過酷な自然環境下で実にたくましく生きています。

 ブルーノさんたちは昨日、無事、フランスへの帰国便に搭乗されました。機中の夢の中では、まだシムシャールを華麗に滑っているかも知れないですね。
 ※この写真、通信から遮断されたシムシャール村から、ブルーノがサテライト利用してEメールを送り、イスラマバードに届きました。本人達がまだ現地にいるくらいのタイミングに日本のみなさんがブログで写真を見れるなんて、すごい時代ですね。

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by silkroad_caravan | 2007-05-15 16:46 | フンザ
 ラホール取材その1 ~ラホールを観ずして、なにを観る~
 弊社が取材コーディネートさせていただいた NHK BS-1 ドキュメンタリー『アジア大回廊 ~中国からパキスタンへ2万キロを行く』第5話~国境の道・友好の道~が一昨日、放映になりました。アジアの新しい物流の大動脈を、中国からパキスタンまで10ヶ国、陸伝いに取材した内容でした。ご覧になられた方、いらっしゃるでしょうか。

 今回のパキスタン部分の撮影は、主にラホールでおこなわれましたので、番組テーマとは離れますが、撮ってきたラホール名所旧跡の写真を何枚かお見せいたします。
 パンジャーブ州の州都であるラホールは、古都として知られており、歴史の香りを今もそのまま残す、南アジアで最も美しい街といわれます。タイトルにも書いた通り~ラホールを観ていない人は、何も観ていない人に等しい~と形容されるほどです。
 世界中の首脳やVIPが訪れる時も、イスラマバードが首都にもかかわらず、国際線をラホールからアクセスされ、この美しい都に滞在されることが多いのです。 
 文化の都でもあるラホールですが、それは歴史的にということだけでなく、現在もあらゆる絵画、音楽、文学、映画などのアート・シーン、ファッションやトレンドも、この街から発信され続けているのです。つい目がいってしまうのが、女性達がおしゃれで颯爽としていることですよね! その姿は、オフィスやホテルなどワーキング・シーンでもよく目にします。
All photos by Silkroad caravan  
d0106555_18134652.jpgバードシャーヒー・モスク 17世紀にムガール帝国の皇帝の命により建てられました。世界有数の規模を誇り、10万人が一度に礼拝できます。昼間、素晴らしいのはもちろん、夜空に浮かび上がるその荘厳なる姿も、忘れがたい美しさといえましょう。

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ラホール駅/パキスタン全土、また国境を越えてインド、デリー行きの列車が発着します。観光客も、駅を見るためだけに訪れます→


↓ラホール市庁舎もこの美しさ
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    ラホールは”パキスタンの心”なのです
   ↓ラホール城のアーラムギーリ門
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 ラホーリーはパンジャーブにありながらも、パンジャーブのアイデンティティというよりは、ラホール独自のアイデンティティ、誇り、自由な心を持っています。それは強烈なもので、老人から若者まで等しく、我が街ラホールに誇りにしている、と。そしてそのラホーリーのメンタリティーは、実に解放的で、ゲストを歓待する心をいつも持っているのだそうです。

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by silkroad_caravan | 2007-05-08 18:06 | パキスタンあれこれ



フンザへ嫁ぎ、パキスタン政府公認現地旅行会社&取材業に励む日本人女子が綴る仕事最前線やスローライフ。アフガニスタン取材も得意。Silkrad Caravan Tour, TV Media coverage
by silkroad_caravan
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シルクロードキャラバン社

現地旅行会社&
取材・コーディネーション
パキスタン政府ライセンスNo.889
PAKISTAN, AFGHAN
テレビ雑誌取材/リサーチ/
通訳/版権交渉/
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旅行業
: フンザの旅/
パキスタン北部トレッキング
/仏教の道/ガンダーラ/
シルクロード/世界遺産/時々イランや中央アジアも
代表アミン・ウラー・ベーグ
Tel: 046-875-1686
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